日本膵臓学会の歴史

本邦における膵臓研究の歴史をふりかえってみると、昭和38年頃より日本消化器病学会総会および秋季大会に際して、膵臓病に関する関心を有する同好の士が集り討議を重ねてきたが、昭和42年頃から参加希望者が増加し、従来の形式での運営方法では支障をきたしてきたため、会員の意志を反映できる自主的開放的な会へ発展すべきであるとの要望が高まってきた。

そこで昭和44年4月、第55回日本消化器病学会総会(仙台市)における研究会で世話人を代表して石井兼央氏より「日本膵臓病研究会」及び「同規約」の設立が提案され承認されて、第一回会長に青山進午先生を選出し、ここに日本膵臓病研究会が誕生した。ついで昭和44年10月の日本消化器病学会秋季大会(徳島市)に際して第一回総会を昭和45年2月、大阪市で細田四郎氏を運営委員長として開催することに決定し、以後毎年春秋の日本消化器病学会の前日に研究会を開催するようになった。

発足当時の会員数は286名にすぎなかったが、以後会員数は急速に増加し、昭和47年度には858名と3年間で3倍以上となり、これにともなって従来の「日本膵臓病研究会規約」では不備が多く、かつ会員の意志がひろく反映されていないことが指摘されるようになった。

昭和48年3月の鹿児島市で開催された運営委員会では山形敞一先生を会長に選出するとともに、規約改正委員会が発足し、およそ2年間検討が加えられた結果規約が改正され、昭和50年3月から施行された。以後、研究会は順調に発展し、昭和56年に本庄一夫先生が会長に選出され、この頃には会員数も2000名を超え、研究内容も広範、深遠となり、研究会における討議も一層活発となって、日本消化器病学会の分科会としての活動だけでは不十分であるとの声が会員の間で高まり、ここに学会設立の気運が熟し、昭和60年5月に札幌市で開催された第16回総会で日本膵臓病研究会の解散と日本膵臓学会の設立と会則、施行細則が決定した。

日本膵臓学会は日本膵臓病研究会の事業を承継することになっており、第一回学術集会は昭和61年7月佐藤寿雄教授により仙台市で開催されたが日本膵臓病研究会の回数を踏襲して第17回大会と呼ぶことになった。その内容は単に膵臓病学にとどまらず、広く基礎医学、生理学的な内容も包含し、かつ一般演題も公募して最近の研究の進歩と会員の要望に応えようとしている。

また、学会の事業として第3代理事長本庄一夫先生のもとで機関紙「膵臓」を発行することになり、昭和61年6月に第1巻第1号を発刊した。雑誌「膵臓」は会員の研究論文の発表の場として広く利用され、今日まで発展してきている。

平成4年、国際的立場から英文機関誌を持つ機運が高まり、竹内正編集委員長とGO教授との協議によりアメリカ膵臓学会雑誌「pancreas」が日本膵臓学会の英文誌として、共同の機関誌となり、会員の研究成果の世界への発信の場となっている。

平成28年8月には第47回日本膵臓学会大会(第20回国際膵臓学会大会、第6回アジアオセアニ膵臓学会共同開催)期間中に、日本膵臓学会と米国膵臓学会は姉妹学会提携を行い共にこの先の膵臓病学の国際的な牽引役となるべく今後の活動が期待されるものとなった。

歴代理事長

任 期 氏 名
1969年-1973年 青山 進午(名古屋大学内科)
1973年-1981年 山形 敞一(東北大学内科)
1981年-1988年 本庄 一夫(京都大学外科)
1988年-1993年 佐藤 寿雄(東北大学外科)
1993年-1998年 竹内 正(東京女子医科大学内科)
1999年-2005年 松野 正紀(東北大学外科)
2006年-2012年 田中 雅夫(九州大学外科)
2013年-2016年 下瀬川 徹(東北大学内科)
2016年- 岡崎 和一(関西医科大学内科)